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末田加良子さん(別府)

魅力あふれるプログラムを次々に企画する 別府オンパクの末田加良子さん                                                                


NPO法人ハットウ・オンパク
末田 加良子さん


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オンパクの事務局スタッフである末田さんは、プログラムの企画を中心に事務局業務全般をされており、オンパクの中心で活躍されているスタッフの方です。末田さんは、別府のオンパクガイドブックの表紙デザインも担当されており、個人的に末田さんのデザインが大好きで毎回楽しみにしています。そして何よりも、常に笑顔を絶やさない末田さん。今回のインタビューでは、オンパクにスタッフとして参加した経緯からオンパクに対する思いまで語っていただきました。

このインタビューは、平成22年1月18日にオンパク事務局にて、立命館アジア太平洋大学3回生の田中侑里香が行いました。>



―オンパクに関わられた経緯を教えてください。

 オンパクの事務局は、旅館組合(別府市旅館組合連合会)が担うことになり、私は旅館組合の事務局スタッフだったので、必然的に関わるようになったんです。

 オンパクがはじまるきっかけのひとつに、「別府ONSEN地療法研究会」という事業があって、それは旅館組合と医師会と保健所の三者がタイアップして別府温泉に滞在して健康になってもらおうというメディカルなカラーが強いプロジェクトだったんです。モニター募集で集まったお客さまに、3ヶ月間別府に通っていただいて毎月2泊3日ずつ滞在してもらい、様々な健康プログラムを体験していただいて、それぞれの数値が確実に良好になったかを、医学的に実証するトライアルなプロジェクトでした。

 その時に、いろんな企画のコーディネートをして、滞在プログラムのスケジュールを組んだりしたので、オンパクの企画担当者としての原点としてはこれがひとつと言えます。あとは、山の手レトロ散歩の立ち上げのとき、サポートスタッフとして月に1回現場を担当していました。お茶出し係りで・・3年間ここで運営スキルも積みました。

 ちょうどオンパクが始まる頃、乳がんの手術を受けた人が大きな温泉に入りにくくなったという要望を受けてプロジェクトを立ち上げたり・・「健康と温泉」に関する多種多様なプロジェクトが、数珠つなぎに活発に動きはじめた時期でした。そのような事業もオンパクに踏襲したり、コラボレーションしたり・・という動きの中で、事務局も兼務していった経緯は、とても自然な流れでした。
 
オンパクの準備段階に、鶴田代表から「1週間から10日のプログラムを作ってみてくれる?」とかる~く言われた一言がきっかけで、試行錯誤の10年間を過ごしてきました。

―その時は、どのようなプログラムを企画されたんですか?


 「別府ONSEN地療法研究会」で築きあげられたネットワークの中から、“健康・美・食”のテーマ毎にメニューを考えていきました。まち歩きとか、食を楽しむとか、きれいに美しくなるというような企画が多かったですね。その他NHKの文化教室で活躍されているような、ある程度集客力のある先生方を紹介していただいて、オンパクのプログラムに講師として参加していただきました。

 初回は、かなりメディカルなカラーが強かったので、集客にはなかなか結び付かず・・

 有名な先生方に毎日神社で講義をしていただく「温泉健康教室」みたいな、今のオンパクからは想像できないほど重厚なプログラムもあったのですが、本当に集客には苦労しました。そもそも「オンパク」の知名度がまず低かった・・誰も聞いたことがない、知らないといった状況下でしたし。

 「ゲンキでキレイ」というのがオンパクのコンセプトですが、ONSEN治療法の流れも組んでいたので、キレイというよりゲンキのほうのイメージが強かったかな。「まち歩き」というまちの人の主体的な動きと・・一方で、あまり表には出ていないんだけど、こういう戦略的な流れもあって、このまちの人たちの動きと、業界(観光業)の動きが合体したのが第1回のオンパクでした。
 
 最初は、コンセプトを打ち出すということに重点を置いていたので、初回のガイドブックはコンセプトブックっぽい感じでしたね。4つのテーマ(今は5つ)“健康&美”“食”“まち”“歩く”(今は“エコ”が追加)を包括した今も変わらぬコンセプトは「BEPPUでゲンキ&キレイ」・・


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第一回目のオンパクガイドブック


(第1回のガイドブックをみながら・・)
 「湯めぐりアカデミー」とか、固いですよね(笑)「温泉健康教室」の内容は、がんになる前、がんになってからのこととか、糖尿病と食についてとか・・まるで病院の企画みたいですよね。「歩く」テーマは、すでに発生していた竹瓦散策とか、山の手レトロ散策とか最初は3つぐらいのコースしかなくて。オンパクがきっかけで、亀川とか浜脇とか他のエリアでも、いわゆる“まち歩き”コースがたくさん誕生していきました。

「食」テーマは、大黒屋さんの地獄蒸し(別府独特の食メニュー)をメインに打ち出したり、あとは老舗の和菓子職人さんとか。最初はテーマに「エコ」がなかったんですが、エコブームのはしりに取り入れて、今は5つのテーマになりました。初回は、知名度の高い講師の先生方が参加されていたので、プログラムの内容というよりも、先生方をただ紹介しているような感じで・・その頃は、ガイドブックをデザインしていくような余裕はなかったですね。

―昔はパートナーというよりも先生がメインということですか?


 スタートした頃はオンパク側が主催しているプログラムがとても多かったです。オンパクから謝金をお支払して実績のある先生に「お願いします・・」というスタイルでした。フラッグとか備品とかきちんと準備して、受付もオンパクのスタッフが常時対応していました。プログラムがはじまると、スタッフが「本日はありがとうございます。本日の先生は・・」って挨拶をして先生が登場するというような感じでした。

 当時の事務局スタッフは、女性3人だけでした。旅館組合の事務局自体も、大変革(旧体質のノンビリモードから、事業型のアクティブモードに)の時で、スタッフも一新したばかりでした。マンパワー不足でしたから、JTBやJRの協定連盟事務局の女性の方々にもスタッフとして応援にきてもらったり、観光協会の男性スタッフにお手伝いに来てもらったり。本当にボランティアワークで、各方面の事務局の方にお願いをして運営しました。全てのプログラムに張り付かないといけないので、事務局の作業は膨大ですごく大変でした。それでも人手が足りなかったので、その他たくさんの人にお願いをして、お手伝いしてもらって運営をまかなっていました。それを考えると、今は楽になったかな~。でも、それはそれで楽しかった。なにも分からず、ただ一生懸命こなすだけだったので。

―そこから、どういう風に現在のように変わられたんですか?


 当初は、大分県と別府市に補助金をいただいて運営していたのですが、補助金がもらえるのは3年間だけとあらかじめ決まっていたので、補助金が打ち切られたあとも、オンパクを運営していくには、講師からもお金(プログラム協賛金)を頂きつつ広告も集めて採算性をあげないといけないよね・・ということになって、今のスタイルのパートナー制度にかわりました。

 新しい制度では、パートナーさんが受付から全て運営も自前でしていただき、参加するのにもお金を頂くという具合です。当初からお願いしていた先生はこの制度変更にかなりの反発があり、それでやめてしまわれた先生もたくさんいました。この頃が、一番私自身の中で辛かった時期でした。私のなかでの第1ステージは、『変革』ですね。

―その時の周りの方の反応はどうでしたか?
 

 いままでお付き合いいただいていた先生方からは、非常に厳しいお言葉ばかりでしたので、すごく辛かったです。なんとか趣旨を理解していただいて、「すぐ辞めるのではなく、しばらくお付き合いしていただけませんか」とお願いしたりして。

 パートナーさんを募集しますといっても、すぐにたくさん集まるというわけでもないので、当初はパートナーさんを集めるのにもとても苦労しました。それを補うわけではないですが、コンセプト(ブランドイメージ)を伝えるような主催プログラムの企画も、たくさんこなしてきました。

 主催プログラムの企画とパートナーさんのコーディネートの両立は大変ですが、同時にこの頃から、このプログラムは人気があるとかないとかが何となく肌で感じられるようになってきたので、私自身の中で企画力もコーディネート力も上がりました。先生方に頼むだけではなく、まちの人でも面白いプログラムはたくさんできるので、まちの人の得意なことを活かして1時間だけでもプログラムをやってもらえるように、喫茶店のママとか、あらゆるまちの人を巻き込みながらプログラムを作るようになったのが、私の中での第2ステージ『巻き込み』ですね。

 まちの人に声をかけると、その人たちの持っているネットワークから、何かこういうことをやりたい人がいるよ・・と紹介してくれるので、だんだん多くのまちの人がパートナーさんとして参加してくれるという状況に推移していきました。

 企画力があがってきた頃・・次第にユニークなプログラムが増えてきたせいか集客率もあがってきました。同時にオンパクの認知度も増してきて、まさに「継続は力なり」です。年2回オンパクをやっていると、オンパクという名前も知れ渡ってくるし、なにか楽しいことをやっているよってことで広がって。この頃から、ようやくオンパクが根付いてきたなぁ~という実感がわくようになってきました。これが3年目・・第5回目くらいからでしょうか。

―ここがターニングポイントになったということですか?


 いい意味で、最初の転機だったのかもしれません。苦しい状況の中から生まれたものって、確固たるものがあるので。先生方から厳しい言葉を受け続けた苦しい時期を乗り越えて・・今考えるといい経験を積んだなーって。自分で企画から運営までする主催プログラム作りは比較的楽ですが、逆に他人のアイデアをコーディネートする事は、神経を使うのですごく大変です。人との距離感とか、コーディネート術みたいなものは、逆境の時期に培われたものだと思います。

 パートナーの方がやりたいことをなるべくいい形で表に出してあげられるように、アドバイスをすることが今は多いので、その辺のスキルは自然と身についたのかもしれませんね。


―末田さんのオンパクでの役割というのは何ですか?


 メインは、企画とコーディネート。現場運営のまとめを全て担っています。運営スタッフのローテーションから、経理まで・・事務局業務全般ですね。


―パンフレットの表紙が毎回すごくかわいいんですが、表紙のデザインは末田さんが考えるのですか?


 それが唯一の私の楽しみです・・(笑)毎回自分なりにテーマを考えて、こういう感じでコーディネートしていこうって頭に閃くと同時に、表紙のデザインが頭の中で描かれています。企画担当者は表には出ない・・いわゆる黒子の存在なので、表紙は自分自身の想いを表現できる唯一の場でもあり、この部分は、思いっきり私のやりたいようにやらせていただいています。(笑)
 
 最初の2、3回の表紙イメージは、私のデザインではないんですが、確実にターゲットが女性であるということがはっきりしてきたときから、表紙は女性のイラストで、女性のいろんな一面を表現するようなデザインを意識しています。毎回とても好評なので、自信をもってデザイナーにイメージを伝えていくようになりました。


―プログラムを企画された時の失敗談はありますか?


 忘れられない失敗談がひとつ。私は、ひらめき直感型なので、パッとそのときに出会った人を見てこんな企画面白そうだって考えるほう。「シリーズ女」という企画を作ったとき、その時のパートナーの一人で、とてもあやしい魅力の方に偶然出会って。いつもの癖で「この人は絶対いいなあ~」と。それで即、鉄輪の地獄蒸しを食べながら、アートと食を絡めたトークプログラムをお願いしたのですが、トークタイム1時間の予定がわずか10分で終了・・残り50分どうする状態で・・(笑)

 私とお話をされたときには、すごく軽快に引き込まれるようなお話をされる方だったので、この方のお話はすごく面白いなと思って即交渉した結果…。 マンツーマンでしゃべる時と、大勢の前でしゃべる時とでは、かなり状況が違いますよね。まして、芸術家の方でしゃべりが本業の方ではないので、本質的にトークは苦手だったのかと。

 結局、その方の魅力を引き出せないまま・・妙な空気感が漂う中、残り時間をどう盛り上げるか、スタッフみんな必死で考えて、なんとか終えたという…。

 これがこれまでで一番の大失敗プログラムです。参加者の方を喜ばせることができなかったし、パートナーさんもきっと楽しくなかったと思うし、スタッフも・・。でも、この苦い経験以降は、講師依頼をするときは、確実にトークをこなせる人かどうか、慎重に見極めるように心掛けるようになりました。それまでは、自信満々でサクッサクッと企画していた感もあったので、自分を戒めるいいお灸になりました。

 “体験”メインの企画は、展開が描けるのでわりと企画しやすいし、これならお客さまが満足できるかなということを、ある程度予想することができますが、“人”をメインにした企画はなかなか難しいです。“人”をメインにするプログラムを企画するときは、もしその人にお客さまが共感できなかった場合、補うべくいくつかのポイントを組み込むように配慮するようになりました。

―企画をされる上での工夫を教えてください。


 たいして工夫はしていないけど、直感に素直に従い・・常に自分に刺激を与えることを大切にしています。
常に新しいものに触れるとか、違う空気を吸うとか・・とにかく自分自身に刺激を与え続けることを意識してないと、感覚が停滞するなーと思うので(笑)企画は“生モノ”ですから。自分自身が、フレッシュでいないと鮮度のいい企画は生まれないと信じています。

―プログラムの企画は、毎日、これがいいという風に考えているんですか?


 なんだか自然とそういうスイッチが入るようになっているんだと思います。疲れてくるとあんまりいいアイディアは浮かばないので、考えるのをやめようと思って、わざと違うことに没頭しようとしても、そんな時のほうが意外に(いい企画が)降りてきたりして(笑)

 あと、普通の何気ない会話の中にはたくさんのヒントが潜んでいるし、賑やかな場の中からは面白い企画が生まれることが多いです。楽しい時間って、みんな感度があがっているでしょう・・でも、“これが企画に結びつく”ってスイッチが自然に入るようになるには、いつもアンテナをたてて敏感になっていないと、キャッチできないですよね。常に好奇心旺盛でいると企画脳になりますよ(笑)。

―第3のステージというのは?


 『チーム力』です。

 女性の企画チームを作ったとき。4年ぐらい前になりますが、3人の女性で“企画チーム”なるものが自然発生的に生まれました。年代も経歴も様々・・ただ3人の価値観が似ていたことがポイントで、2人の女性を企画に巻き込みました。それぞれに得意分野が違うことで、バリエーションも増える。一人で思い悩んで、誰にも打ち明けることができなかった悩みを聞いてくれる・・相談できる仲間ができたことです。

―その企画チームは今でもありますか?


 昨年、メンバーの一人が急逝してしまって・・でも彼女の意思を引き継ぎながら、永遠にココロに刻まれたチームは健在です。価値観を共有できる人には、そうそう巡りあわないかもしれませんが、出会ったときには巻き込んで・・無理に仲間を増やすのではなく、なんとなく仲間が増えていくのが理想ですね。

 また、別のプロジェクトでは、新しいカタチのチームを自分なりに作って歩みはじめています。価値観もバラバラの女性グループ11名ですが、ハチャメチャに楽しくやっています。このチームの強みは、あくまでも本質主義な厳しい視点をもつ“お客さま目線である”ということ。  


<インタビュー中、パートナーになりたいという方が来られた後で>

 今回、異例なことに新しいパートナーさんが急増していて(笑)。毎回パートナーさんは50名ほどなんですが、今回は80名を超える勢いなんです。パートナーさんのネットワークや口コミでどんどん広がってはきているのですが、今までにない現象でびっくりしています。

 おそらくこんなご時世だからこそ、オンパクでチャレンジして起業しようとか、(ネットワークを)広げようとかいう人が多いのかもしれません。嬉しい悲鳴の反面、いかにクオリティーを保っていくか、初めての方のプログラムも上質に仕上げられるように、丁寧なヒアリングを重ねることに、かなりの時間が取られます。ブランド管理しながら、かつ新しい風をどんどん取り込んでいきたい。

 大変ですが、コーディネーターとしての更なるチャレンジが、第4のステージです。そこで、自分に課しているテーマは『ブレークスルー』です。

 ジャパン・オンパクでの支援先の各地域で刺激を受けているせいか、これまでのやり方をひっくり返してみたい気もしています。ジャパン・オンパクのハンズオン支援でいろんなところに出向くようになって、意識が変わってきたのかもしれません。客観的にオンパクを捉える目線・・それで今回は、あえて“ごちゃごちゃ感”を出してみようかなと。
自分なりの新しいチャレンジです。


―オンパクが全国的に広がっていますが、そのことについてはどう思われますか?


 いままで積み上げてきたことや大切に守ってきたものが、吸い取られるような気がして最初は正直なところ抵抗がありました。会議室に缶詰状態で、いろんなことを細かくヒアリングされますから(笑)でも、今はそのようなことは全く思いません。

 同じようにノウハウをお伝えしても、地域事情も人間性も違いますから、全く違うものが出来るので面白い。たくさんの地域でどんどん始まればいいな~と自然に思えるようになりました。本当に頑張っている人への支援は惜しみなく、余計なお世話までしたりして。


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岡山県総社市でのオンパク(みちくさ小道)事業の企画サポートの様子



―末田さんがオンパクで新しくやってみたいことってありますか?


 毎回のオンパクのテーマづくりというか骨組みを作っていて、自分がやりたいことをやらせていただいているので、あまり感じたことはありません。人に言われて作っているのではなくて、自分なりに毎回チャレンジしながら、全力で取り組んでいるつもりなので。

 ただ、今度新しくオンパク生まれのギフトプロジェクトがスタートしますが、その事業を始めるうえで、オンパクのリピーターさんを含む友人達・・気の合う仲間女性11名でチームを結成したんです。先ほどの新しい“女性チーム”です。とにかく、楽しいことが大好きで元気に働いている女性メンバーばかり。「おんぱく・おくり隊」というチーム名でプロジェクトを現在遂行中ですが、これが予想外に楽しいんです。今度の5月オンパクでも、彼女たちの生み出したプログラム、つまり一般の人(=参加者)の企画を出していこうと思っています。もちろんギフト事業のプロモーションも兼ねてですが。

 博多駅のコンコースで、みんなでチラシ配りもします(笑)。10年前・・始まったばかりのオンパクの時もそうでした。いろんな団体の会合にキャラバン隊で、草の根運動をしていた頃を思い出します。オンパク同様に、このギフト事業が、軌道に乗ればいいなあーと真剣勝負です。今は開発段階で楽しいことばかりですが、事業として成立するかどうか・・きっと棘の道が待っているのでしょうが。




―末田さんの夢を教えてください。


 夢ですか。夢はなんだろう。プライベートにおいてもあまり夢はなくて(笑)。こうなりたいとかあまりイメージが描けなくて、困ったものです。ただいつも楽しんで毎日過ごすこと…。“考えるよりまずはやってみる”というポリシーが貫ける日々をずっと送ることができればいいなというのが夢…かな。そういう、ある意味ワガママな生活が続けられなくなるような環境に、将来なることもあるでしょうから。


―最後に、末田さんにとってオンパクとはなんですか?


 日常というか・・家族です。
新しいものを生み出すことって本当に楽しい・・毎回“変化して進化”していくことは、企画コーディネーターとしてのこだわりですが、心待ちにしているお客さまに、いつも新らしい発見と感動をいかに伝えてくか・・日々切磋琢磨です。

チームのみんなが「変わり続けるチャレンジスピリッツ」と「育むココロ」を共有できたらいいなと思っています。
 家族ですから・・時にはケンカしたりぶつかり合ったりしながら(笑)


末田さんへのインタビューを通して、オンパクでの活動を本当に楽しみながら活動をされているのだなということが一番印象的でした。そして、末田さんの魅力あふれる企画が生まれるまでの、アイディアの活かし方やそれをどのようにして良質なプログラムにつくりあげるかということを聞くことができました。オンパクが現在日本全国で広まっていますが、ここまで広がるまでの過程や苦労などをオンパク立ち上げ時から活動しておられる末田さんから聞くことにより、オンパクに対する理解が深まったほか、オンパクの新たな魅力を感じることができました。次回のオンパクから、末田さんが携わる新しいギフトプロジェクトが始まるそうなので、とても楽しみにしています。



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  1. 2010/03/06(土) 00:27:46|
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